学歴エリート現採C君
頭おかしいBさんの話を書こうと思ったけど、話の内容が強烈すぎるのと、
この人の特徴がかなり変わってるので当人が身バレする可能性もあるので飛ばすことにします。
代わりに学歴エリートC君について書きます。
彼はBKK族がタイに赴任した時にはうちの会社で働き始めて一年目位でした。
タイでの現採歴もトータルで3年位あるらしくタイ語も上手でした。
C君も現採ゴールデンエイジで当時で33歳くらいだったと思います。
彼は東大以外落ちこぼれみたいな高校から某有名大学を卒業したのにもかかわらず、日本での正規での就業経験はなく、バンコクで現採として働いていました。20代前半からタイフリークだったC君は有名大卒にも関わらず半年はバイトしてお金貯めて半年はバンコクで遊んで暮らすという延長でタイに住んでたらしいですが、日タイの行き来もめんどくさいなって思い始めた頃、あるバイトでまとまったお金を手にして完全に移住してきたらしいです。
このあるバイトまあ葬儀屋みたいなもんです。
この彼仕事は普通にこなしてたし、自頭がいいのか商品知識等にも問題はありませんでした。
しかし!!性格のバグり方や考え方がちょっと常人離れしていたため、多くのトラブルを呼び起こしていました。
今思い出せるのはとにかく短気なことです。
日本の業者にツテがないから代わりに見積もり取ってって頼まれて、見積もり回答が遅れたらいきなりブチギレされたり。
例に漏れず、タイ人スタッフにもしょっちゅうキレていたので、女性スタッフがよく泣いてました。
彼のアシスタントのタイ人は美人で頭も良かったのに、軽く鬱気味で辞めていきました...タイ人ですら鬱にするって((((;´・ω・`)))
BKK族も彼の起伏の激しい性格を最初は知らなかったのですが、ある事件が起きて思い知ります。
ある日C君から、スクラッチドッグでナンパしたお姉ちゃんと飯食いに行くので一緒に行きませんか?と誘いを受けました。
しかし、BKK族はその日接待だったので、後から合流することになりました。
接待後に多少酔っ払って向かった、エカマイのタイ飯屋兼ビアガーデンみたいな所で飲んでいたのは、C君と女の子3人。お姉ちゃんたちは水商売臭100%でした。当時流行りの茶髪巻き髪系。
しかーし男1対女3ですので、到着早々に女の子たちから完全に持て余してる感が出てました。「この後どうする?帰る?それともこいつら放置してどっか行く?」って感じの雰囲気がプンプン。
後から来たBKK族がなんとか場を盛り上げようと、着いて早々にテキーラ頼んだり、ビールイッキしたり、あの手この手で負け試合を同点位まで持ってくことに成功しました。
相手もまあカラオケちゃんねーだったのでノリノリです。
そんなこんなで到着から30分経過後位で事件が起きます。
Cが突然キレた!!
しかも俺に(´・_・`)
C君「君ねーこれ以上そういうこと(場を盛り上げる行為)すると僕キレちゃうよ
ー!!!!←すでにキレてるじゃん」
俺 (;д;)
C君曰く、俺がチャラい感じでイッキをしたり、またはイッキを煽ったりしたのは、彼女たちが水商売の女ってわかったからだろう?そういう見下した態度がムカつくんだYO!!ってことでした。
良かれと思ってやったことなのに、こんなに激怒されるとは...
なのでワタクシ反省して帰ることにしました。
ただならぬ雰囲気後に俺が帰るって言ったもんだから、お姉ちゃんたちは鳩が豆鉄砲食らった様な顔してました。
しかし、衝撃はこの後。
BKK族が待たせていた車に乗り込み、運ちゃんに帰宅する旨を伝えしばらく車を走らせるとC君から着信が!!
C君「やっぱ僕一人だと持て余しちゃうんで、戻ってきてくれませんか?」
キャ─Σ(゜Д゜)Σ(゜Д゜)Σ(゜Д゜)ノノ─ァァァッ!!!イミフすぎる!!
そっと通話切るボタンを押してその日は家帰って寝ました。
それ以外にも彼は性病羅漢したけど治療する金がなくて悪化して、俺が金貸してあげたりとその後も色々と事件を起こしてくれました。
この人の特徴がかなり変わってるので当人が身バレする可能性もあるので飛ばすことにします。
代わりに学歴エリートC君について書きます。
彼はBKK族がタイに赴任した時にはうちの会社で働き始めて一年目位でした。
タイでの現採歴もトータルで3年位あるらしくタイ語も上手でした。
C君も現採ゴールデンエイジで当時で33歳くらいだったと思います。
彼は東大以外落ちこぼれみたいな高校から某有名大学を卒業したのにもかかわらず、日本での正規での就業経験はなく、バンコクで現採として働いていました。20代前半からタイフリークだったC君は有名大卒にも関わらず半年はバイトしてお金貯めて半年はバンコクで遊んで暮らすという延長でタイに住んでたらしいですが、日タイの行き来もめんどくさいなって思い始めた頃、あるバイトでまとまったお金を手にして完全に移住してきたらしいです。
このあるバイトまあ葬儀屋みたいなもんです。
この彼仕事は普通にこなしてたし、自頭がいいのか商品知識等にも問題はありませんでした。
しかし!!性格のバグり方や考え方がちょっと常人離れしていたため、多くのトラブルを呼び起こしていました。
今思い出せるのはとにかく短気なことです。
日本の業者にツテがないから代わりに見積もり取ってって頼まれて、見積もり回答が遅れたらいきなりブチギレされたり。
例に漏れず、タイ人スタッフにもしょっちゅうキレていたので、女性スタッフがよく泣いてました。
彼のアシスタントのタイ人は美人で頭も良かったのに、軽く鬱気味で辞めていきました...タイ人ですら鬱にするって((((;´・ω・`)))
BKK族も彼の起伏の激しい性格を最初は知らなかったのですが、ある事件が起きて思い知ります。
ある日C君から、スクラッチドッグでナンパしたお姉ちゃんと飯食いに行くので一緒に行きませんか?と誘いを受けました。
しかし、BKK族はその日接待だったので、後から合流することになりました。
接待後に多少酔っ払って向かった、エカマイのタイ飯屋兼ビアガーデンみたいな所で飲んでいたのは、C君と女の子3人。お姉ちゃんたちは水商売臭100%でした。当時流行りの茶髪巻き髪系。
しかーし男1対女3ですので、到着早々に女の子たちから完全に持て余してる感が出てました。「この後どうする?帰る?それともこいつら放置してどっか行く?」って感じの雰囲気がプンプン。
後から来たBKK族がなんとか場を盛り上げようと、着いて早々にテキーラ頼んだり、ビールイッキしたり、あの手この手で負け試合を同点位まで持ってくことに成功しました。
相手もまあカラオケちゃんねーだったのでノリノリです。
そんなこんなで到着から30分経過後位で事件が起きます。
Cが突然キレた!!
しかも俺に(´・_・`)
C君「君ねーこれ以上そういうこと(場を盛り上げる行為)すると僕キレちゃうよ
ー!!!!←すでにキレてるじゃん」
俺 (;д;)
C君曰く、俺がチャラい感じでイッキをしたり、またはイッキを煽ったりしたのは、彼女たちが水商売の女ってわかったからだろう?そういう見下した態度がムカつくんだYO!!ってことでした。
良かれと思ってやったことなのに、こんなに激怒されるとは...
なのでワタクシ反省して帰ることにしました。
ただならぬ雰囲気後に俺が帰るって言ったもんだから、お姉ちゃんたちは鳩が豆鉄砲食らった様な顔してました。
しかし、衝撃はこの後。
BKK族が待たせていた車に乗り込み、運ちゃんに帰宅する旨を伝えしばらく車を走らせるとC君から着信が!!
C君「やっぱ僕一人だと持て余しちゃうんで、戻ってきてくれませんか?」
キャ─Σ(゜Д゜)Σ(゜Д゜)Σ(゜Д゜)ノノ─ァァァッ!!!イミフすぎる!!
そっと通話切るボタンを押してその日は家帰って寝ました。
それ以外にも彼は性病羅漢したけど治療する金がなくて悪化して、俺が金貸してあげたりとその後も色々と事件を起こしてくれました。
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タイ現地採用と日本経済。タイに来た理由。
今回も引き続き現地採用ネタです。
このシリーズはネタが溢れすぎてる。
BKK族は長期のタイ駐在員生活で何十人もの現地採用の方と仕事しました。
なので色々なタイプの方と会ってきました。日本で会う人よりも間違いなく濃い人が多いですが、
このブログではネタ的にヤバイ人たちを書いてます。
今回はヤバイ人ネタではないです。
さて題目の現地採用と日本経済なんですが、現地採用として関わって来た人の年齢って35歳以上の45歳位までの人がすごく多かったです。
なぜこの年代の人が多いのか?
日本の就職氷河期とぴったり一致するんですよ。この世代の方々が。
生まれでいったら1970年代から1980年前半位の人たち。
就職氷河期
↑のwikiにもあるようにバブル経済崩壊後、企業が採用を絞ったので正社員として働くことが難しく、非正規で長年働いて来たけど明るい未来も見えない。たまたま旅行で来たタイはすごく活気があるし日本企業も多数進出している。
色々調べてみると求人もたくさんある。給料も5万バーツ?タイは物価安いし、非正規やバイトよりもいいんじゃね?こういった理由でタイに来た人が多かった気がします。
でも日本で非正規、フリーター的な感じで働いたことしかないので、ビジネスマナーとか全然知らないし、企業で働いたことがないので日本の企業文化や仕事の仕方がこれまでのフリーター時代と大きく変わってついていけない=変なヤツ、常識がないヤツと見らる側面もあったのかなと感じます。
とにかくこの世代の人はタイの現地採用で圧倒的に多かったです。
もうひとつこの世代が多いのは、運良く正規で働いてたけど、日本型の年功序列とか会社の付き合いとかに疲れたパターン。入社して10年疲れた、そろそろもういいわ。景気も悪いし、万年デフレで給料も上がらないし、海外でも気楽に行けてゆるーい感じのタイで働くのもいいかもってことでタイに来た。
上記の理由で1970年代から1980年前半生まれの世代の人が多いし、日本経済と密接に関係してると思います。
世代を問わず聞いたことのあるタイ現地採用になった理由を列挙していきます。
・タイ人のお姉ちゃんを追いかけてきた。←圧倒的に多い。
(ほぼほぼお姉ちゃんは水商売。旅行や出張で来てどハマりした方が多く、日本ではモテなそうなタイプ。)
・日本社会に疲れた。
・タイが大好き
(タイ料理が好きとか、ゆるい雰囲気が好きと)
・ゴーゴーバーが大好き。
・タイ語を勉強しに来た
・出戻りで居場所がなくなった。実家にも帰れないから来た。
・誘われて来た。
・日本の気候が合わないから来た。
・タイでビジネスしてたけど騙されて文無しになって仕方なく働き始めた。
・駐在員だったけど残りたいから。
(タイ人と結婚した方、もう定年退職が差し迫った方、色々とどハマりした方)
・ワーキングホリデー上がり。
・旅行で来てそのままいる。
こんな感じですかね。
どんな理由で来たにせよ、働き口はあるし、ずっとここに残ろうと決めた人を受け止めて来るタイは懐が深いと思います。
このシリーズはネタが溢れすぎてる。
BKK族は長期のタイ駐在員生活で何十人もの現地採用の方と仕事しました。
なので色々なタイプの方と会ってきました。日本で会う人よりも間違いなく濃い人が多いですが、
このブログではネタ的にヤバイ人たちを書いてます。
今回はヤバイ人ネタではないです。
さて題目の現地採用と日本経済なんですが、現地採用として関わって来た人の年齢って35歳以上の45歳位までの人がすごく多かったです。
なぜこの年代の人が多いのか?
日本の就職氷河期とぴったり一致するんですよ。この世代の方々が。
生まれでいったら1970年代から1980年前半位の人たち。
就職氷河期
↑のwikiにもあるようにバブル経済崩壊後、企業が採用を絞ったので正社員として働くことが難しく、非正規で長年働いて来たけど明るい未来も見えない。たまたま旅行で来たタイはすごく活気があるし日本企業も多数進出している。
色々調べてみると求人もたくさんある。給料も5万バーツ?タイは物価安いし、非正規やバイトよりもいいんじゃね?こういった理由でタイに来た人が多かった気がします。
でも日本で非正規、フリーター的な感じで働いたことしかないので、ビジネスマナーとか全然知らないし、企業で働いたことがないので日本の企業文化や仕事の仕方がこれまでのフリーター時代と大きく変わってついていけない=変なヤツ、常識がないヤツと見らる側面もあったのかなと感じます。
とにかくこの世代の人はタイの現地採用で圧倒的に多かったです。
もうひとつこの世代が多いのは、運良く正規で働いてたけど、日本型の年功序列とか会社の付き合いとかに疲れたパターン。入社して10年疲れた、そろそろもういいわ。景気も悪いし、万年デフレで給料も上がらないし、海外でも気楽に行けてゆるーい感じのタイで働くのもいいかもってことでタイに来た。
上記の理由で1970年代から1980年前半生まれの世代の人が多いし、日本経済と密接に関係してると思います。
世代を問わず聞いたことのあるタイ現地採用になった理由を列挙していきます。
・タイ人のお姉ちゃんを追いかけてきた。←圧倒的に多い。
(ほぼほぼお姉ちゃんは水商売。旅行や出張で来てどハマりした方が多く、日本ではモテなそうなタイプ。)
・日本社会に疲れた。
・タイが大好き
(タイ料理が好きとか、ゆるい雰囲気が好きと)
・ゴーゴーバーが大好き。
・タイ語を勉強しに来た
・出戻りで居場所がなくなった。実家にも帰れないから来た。
・誘われて来た。
・日本の気候が合わないから来た。
・タイでビジネスしてたけど騙されて文無しになって仕方なく働き始めた。
・駐在員だったけど残りたいから。
(タイ人と結婚した方、もう定年退職が差し迫った方、色々とどハマりした方)
・ワーキングホリデー上がり。
・旅行で来てそのままいる。
こんな感じですかね。
どんな理由で来たにせよ、働き口はあるし、ずっとここに残ろうと決めた人を受け止めて来るタイは懐が深いと思います。
現地採用マネージャーAがヤバイ
前々回でBKK族がタイに来ることになったきっかけを書きましたが、
今回はその発端となったAのエピソードを紹介していきます。
年齢は当時45歳くらいでタイ在住歴も5年程度だったと思います。
同業他社から転職してきたのですが、ヤバイ奴で有名だったので、すでにうちで勤務していた別の現地採用からも、採用はやめといた方がいいんじゃないかという打診もあったみたいですが、なにせ当時の社長自体もワンマンだったので採用することになったようです。
まず彼の人となりですが、何から紹介していったらいいかわからない位クソ武勇伝だらけ。
・ゴルフ場数カ所出禁
・出禁じゃないゴルフ場ですらキャディーがつかない。
これはキャディーを人間として扱わないからです。クラブを放り投げたり、スコアが悪いと八つ当たり。
ゴルフ場のキャディーってけっこう近隣ゴルフ場間で移動があるので、噂が噂を呼び色んな所でキャディーがつかなくなってました。俺も試しに〇〇って知ってる?って聞いたら大概のゴルフ場で名前が知れてました。
・クラブタイランド出禁
超絶クレーマーだったらしく出禁。
どうですか?これだけでもヤバイんだけど、仕事の仕方もヤバイです。
客からクレームが続出した要因は客先に居着くから!!
タイの場合どんな顧客でも入り口にまあまあ広めの受付兼ロビーがあるのですが、Aはルーティーンで数カ所の客先のロビーで仕事してました。ラップトップ持って。
タバコ吸ったりなんやらでロビー通る人をいきなり捕まえて話をするというアポなし営業。
こんなことをしてるので、顧客のみならず、その顧客を訪ねて来る別の取引先の人なんかの間でもだいぶ有名でした。
あいついつもあそこに居るけど何してんだよ?みたいな。
そのせいで営業アシスタントのタイ人の所にもクレーム続出してました。
おまえんとこの日本人いつもロビーでカタカタ仕事しててウザいんだけどと。
これで仕事もしっかりやってくれればいいんだけど、客もこんなバカにまともな仕事を与えるわけはなく、無理難題を要求してきてました。
それに対してAはすべて二つ返事で「できます!!」って言っちゃって結局できないもんだから信用ゼロです。
会社にとっては、こいつの無理難題できますのせいで死蔵在庫を抱えることになったりして大損害でした。
一つ例に出すと、お役所かなんかの許可がないと輸入できない製品を勝手に輸入して追徴取られたり。
こんなんなので運転手も頻繁に変わります。
時には運転手にキレてどっかで運転手降ろして自分で運転して帰ったり、メチャクチャ。
これも運転手業界は狭いので、そこら中の運転手間で有名になり、うちの会社自体運転手探しに苦労するほどでした。
BKK族も赴任して来て2週間目位の時に色々と被害に合いました。
・Aの車で引き継ぎ先に行くことになったのですが、「もう慣れて来てタイ語もいけるでしょ?運転手に指示だしてみてよ」という無茶振り。
・Aを排除するために全顧客担当から外れることを通告した瞬間BKK族を目の前にして「お前が担当になったら終わる」発言をされたり。
キリがないです。
ある時は客と日曜ゴルフしたから、ゴルフは業務だからって代休取りまくったり。
タイ人スタッフに怒鳴ったり。
奴はキレるスイッチ入った瞬間に瞳孔が開く感じになるんですが、その表情が出た瞬間、みんな戦々恐々としてました。
BKK族の右腕として働いてくれてた女性タイ人スタッフからも『あんたが来るの1週間遅かったら辞める決断してたよ。』って言われました。彼女は未だに働いてくれてます。
極めつけは昔からの知り合いだとかなんとかって怪しい業者を客先に紹介したり。この事件は客先からガチのレターが送られて来て警告されました。
正式文書で出禁通告って...やばすぎる。
未だに覚えてるのはマジで文面に“以後入構を禁ずる”って書いてあったことです。
このレターが決定打となり、辞めてもらうことになったのですが、温情で再就職先が見つかるまでは給与減額で会社に居てもいいってことにしてあげました。結局日系では有名人すぎたらしく再就職できず、これから日系と取り引きして行きたいっていう鼻息の荒いローカル企業に就職したそうです。
こんなのがゴロゴロしてるタイ恐ろしやってのが何年も続くとは...
今回はその発端となったAのエピソードを紹介していきます。
年齢は当時45歳くらいでタイ在住歴も5年程度だったと思います。
同業他社から転職してきたのですが、ヤバイ奴で有名だったので、すでにうちで勤務していた別の現地採用からも、採用はやめといた方がいいんじゃないかという打診もあったみたいですが、なにせ当時の社長自体もワンマンだったので採用することになったようです。
まず彼の人となりですが、何から紹介していったらいいかわからない位クソ武勇伝だらけ。
・ゴルフ場数カ所出禁
・出禁じゃないゴルフ場ですらキャディーがつかない。
これはキャディーを人間として扱わないからです。クラブを放り投げたり、スコアが悪いと八つ当たり。
ゴルフ場のキャディーってけっこう近隣ゴルフ場間で移動があるので、噂が噂を呼び色んな所でキャディーがつかなくなってました。俺も試しに〇〇って知ってる?って聞いたら大概のゴルフ場で名前が知れてました。
・クラブタイランド出禁
超絶クレーマーだったらしく出禁。
どうですか?これだけでもヤバイんだけど、仕事の仕方もヤバイです。
客からクレームが続出した要因は客先に居着くから!!
タイの場合どんな顧客でも入り口にまあまあ広めの受付兼ロビーがあるのですが、Aはルーティーンで数カ所の客先のロビーで仕事してました。ラップトップ持って。
タバコ吸ったりなんやらでロビー通る人をいきなり捕まえて話をするというアポなし営業。
こんなことをしてるので、顧客のみならず、その顧客を訪ねて来る別の取引先の人なんかの間でもだいぶ有名でした。
あいついつもあそこに居るけど何してんだよ?みたいな。
そのせいで営業アシスタントのタイ人の所にもクレーム続出してました。
おまえんとこの日本人いつもロビーでカタカタ仕事しててウザいんだけどと。
これで仕事もしっかりやってくれればいいんだけど、客もこんなバカにまともな仕事を与えるわけはなく、無理難題を要求してきてました。
それに対してAはすべて二つ返事で「できます!!」って言っちゃって結局できないもんだから信用ゼロです。
会社にとっては、こいつの無理難題できますのせいで死蔵在庫を抱えることになったりして大損害でした。
一つ例に出すと、お役所かなんかの許可がないと輸入できない製品を勝手に輸入して追徴取られたり。
こんなんなので運転手も頻繁に変わります。
時には運転手にキレてどっかで運転手降ろして自分で運転して帰ったり、メチャクチャ。
これも運転手業界は狭いので、そこら中の運転手間で有名になり、うちの会社自体運転手探しに苦労するほどでした。
BKK族も赴任して来て2週間目位の時に色々と被害に合いました。
・Aの車で引き継ぎ先に行くことになったのですが、「もう慣れて来てタイ語もいけるでしょ?運転手に指示だしてみてよ」という無茶振り。
・Aを排除するために全顧客担当から外れることを通告した瞬間BKK族を目の前にして「お前が担当になったら終わる」発言をされたり。
キリがないです。
ある時は客と日曜ゴルフしたから、ゴルフは業務だからって代休取りまくったり。
タイ人スタッフに怒鳴ったり。
奴はキレるスイッチ入った瞬間に瞳孔が開く感じになるんですが、その表情が出た瞬間、みんな戦々恐々としてました。
BKK族の右腕として働いてくれてた女性タイ人スタッフからも『あんたが来るの1週間遅かったら辞める決断してたよ。』って言われました。彼女は未だに働いてくれてます。
極めつけは昔からの知り合いだとかなんとかって怪しい業者を客先に紹介したり。この事件は客先からガチのレターが送られて来て警告されました。
正式文書で出禁通告って...やばすぎる。
未だに覚えてるのはマジで文面に“以後入構を禁ずる”って書いてあったことです。
このレターが決定打となり、辞めてもらうことになったのですが、温情で再就職先が見つかるまでは給与減額で会社に居てもいいってことにしてあげました。結局日系では有名人すぎたらしく再就職できず、これから日系と取り引きして行きたいっていう鼻息の荒いローカル企業に就職したそうです。
こんなのがゴロゴロしてるタイ恐ろしやってのが何年も続くとは...
すぐに帰れない予感。
前回はバンコク駐在することになった経緯を書きました。
このシリーズ長期化しそう...でも自分で書いてておもしろいので最後まで書こうと思います。長期連載コースです。
マジでバンコクにはドタバタで行きました。それこそスーツケース2つで。
日本で使ってた家具とか家電とかも無理やり実家に押し付けて。
普通駐在生活始まるとなったら一旦下見に来て住む所の目星つけてetc...とかだと思うんですけど、
家は勝手に決められてました。
理由は会社で利用するホテルが近くて出張者や訪問客のピックアップに便利だから。
そんな環境でも現地で色々揃えてひと段落した頃に、色々気づいちゃったというか、気づかされちゃうんです。
あれ?タイ支社現地採用が云々の前に会社として崩壊してないか?
まず現地法人が倒産しかけてました。((((;゚Д゚)))))))
先輩社員とBKK族が来るしばらく前に社長まで交代となっていたのですが、
新社長が色々と調査を始めたところ、財務が終わってました。債務超過寸前!!
先に書いちゃうと使い込みも一部あって前社長は懲戒免職というか、帰任命令とともに会社辞めました。
なんでこんなになるまで放っておいたのか?
それは前社長が超絶ワンマンということもあったのですが、海外支社って結局日本側からすると人ごと。物理的にも距離があるし監査が頻繁にあるわけでもないし。
未だに上場企業でも海外支社初の不正や横領がとんでもないことになってて、本体までもが傾きかけるなんてニュースありますけど、
こういうことが起こる理由ってやっぱり日本からすると海外支社のことは対岸の火事でしかないという感覚があるんでしょう。
こういう状況になってるということは本当に日本の経営陣も知らなかったので、粉飾決算してたんですね。
物理的に会社に金が無くて初めて気づくっていう。
タイ駐在の1年前位からたまにタイの支社にも顔出していて、なんか良く人が変わるなっていうか、来るたびにスタッフ総取っ替えみたいになってておかしいとは思ってたんですが、それでも日本側は気づいてないっていう。
日本側はワンマン前社長のパワハラで辞めてると思ってたらしいです。←マジでアホだけど、俺もそう思ってたし、パワハラは事実でした。
恐らく噂好きのタイ人は経理からの情報とかで薄々色々知ってて辞めてたんじゃないかな。
逆に何も知らない現地採用日本人はのうのうとしていたという。まあ日本人も入れ替え頻繁でしたけどね。
蓋を開けてみるととんでもないことになっていたタイ支社。
まずは日本から援助を受けたり、銀行に追加融資お願いしたりして急場を凌ぎましたが、マジで笑えない状況でした。
この後洪水も来るので、また瀕死になるのですが、それはまた別の機会に。
現地採用Aの失態で火消しと言われて来たけれど、タイ支社自体が想像を遥かに超えるヤバイ状況で、先輩と俺はこの時点ですぐに帰れるというのは諦めてました。
人的問題と財務がヤバイことが発覚しましたが、経営や財務の部分に関しては深入りもできないし本社の別部署が対応してたので、呑気な部分もありました。
後に家族を呼ぶことになる先輩も最初は帯同で来てなかったので、どちらかというと遊び惚けてました。
その時の遊びの様子を書いてったのがこのブログの始まりなんですけどね。
この後も雨後の筍のように次から次へと事件が起きるとは思っておらず...
長期化しそうなので書こうと思ってることを以下にまとめます。
(この通り進むかわかんないですけど)
①現地採用営業マネージャーAのヤバイ事件簿。
②A以上にヤバイ奴がいた!!Bとしておこう。←これは人物特定されちゃうかもなのでやんわり。
③学歴エリート現地採用Cもヤバイやつだった!!
④タイ現地法人の関係会社にもヤバイ奴らが!!←この関係会社は後ほど清算することに。
⑤新社長までもやらかしてクビになる!!
⑥その他もろもろ入れ替わり立ち代わりの現地採用物語。
⑦最初から気づいてたけど、諸悪の根源はやっぱこいつだった。
乞うご期待!!
※知ってる人は知ってると思うけど、こういう事ブログに書いてても特定されることはまずないと思ってます。
なぜならここに書いてる話やこんな会社はタイには腐るほどあるから( ゚Д゚)キャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!
このシリーズ長期化しそう...でも自分で書いてておもしろいので最後まで書こうと思います。長期連載コースです。
マジでバンコクにはドタバタで行きました。それこそスーツケース2つで。
日本で使ってた家具とか家電とかも無理やり実家に押し付けて。
普通駐在生活始まるとなったら一旦下見に来て住む所の目星つけてetc...とかだと思うんですけど、
家は勝手に決められてました。
理由は会社で利用するホテルが近くて出張者や訪問客のピックアップに便利だから。
そんな環境でも現地で色々揃えてひと段落した頃に、色々気づいちゃったというか、気づかされちゃうんです。
あれ?タイ支社現地採用が云々の前に会社として崩壊してないか?
まず現地法人が倒産しかけてました。((((;゚Д゚)))))))
先輩社員とBKK族が来るしばらく前に社長まで交代となっていたのですが、
新社長が色々と調査を始めたところ、財務が終わってました。債務超過寸前!!
先に書いちゃうと使い込みも一部あって前社長は懲戒免職というか、帰任命令とともに会社辞めました。
なんでこんなになるまで放っておいたのか?
それは前社長が超絶ワンマンということもあったのですが、海外支社って結局日本側からすると人ごと。物理的にも距離があるし監査が頻繁にあるわけでもないし。
未だに上場企業でも海外支社初の不正や横領がとんでもないことになってて、本体までもが傾きかけるなんてニュースありますけど、
こういうことが起こる理由ってやっぱり日本からすると海外支社のことは対岸の火事でしかないという感覚があるんでしょう。
こういう状況になってるということは本当に日本の経営陣も知らなかったので、粉飾決算してたんですね。
物理的に会社に金が無くて初めて気づくっていう。
タイ駐在の1年前位からたまにタイの支社にも顔出していて、なんか良く人が変わるなっていうか、来るたびにスタッフ総取っ替えみたいになってておかしいとは思ってたんですが、それでも日本側は気づいてないっていう。
日本側はワンマン前社長のパワハラで辞めてると思ってたらしいです。←マジでアホだけど、俺もそう思ってたし、パワハラは事実でした。
恐らく噂好きのタイ人は経理からの情報とかで薄々色々知ってて辞めてたんじゃないかな。
逆に何も知らない現地採用日本人はのうのうとしていたという。まあ日本人も入れ替え頻繁でしたけどね。
蓋を開けてみるととんでもないことになっていたタイ支社。
まずは日本から援助を受けたり、銀行に追加融資お願いしたりして急場を凌ぎましたが、マジで笑えない状況でした。
この後洪水も来るので、また瀕死になるのですが、それはまた別の機会に。
現地採用Aの失態で火消しと言われて来たけれど、タイ支社自体が想像を遥かに超えるヤバイ状況で、先輩と俺はこの時点ですぐに帰れるというのは諦めてました。
人的問題と財務がヤバイことが発覚しましたが、経営や財務の部分に関しては深入りもできないし本社の別部署が対応してたので、呑気な部分もありました。
後に家族を呼ぶことになる先輩も最初は帯同で来てなかったので、どちらかというと遊び惚けてました。
その時の遊びの様子を書いてったのがこのブログの始まりなんですけどね。
この後も雨後の筍のように次から次へと事件が起きるとは思っておらず...
長期化しそうなので書こうと思ってることを以下にまとめます。
(この通り進むかわかんないですけど)
①現地採用営業マネージャーAのヤバイ事件簿。
②A以上にヤバイ奴がいた!!Bとしておこう。←これは人物特定されちゃうかもなのでやんわり。
③学歴エリート現地採用Cもヤバイやつだった!!
④タイ現地法人の関係会社にもヤバイ奴らが!!←この関係会社は後ほど清算することに。
⑤新社長までもやらかしてクビになる!!
⑥その他もろもろ入れ替わり立ち代わりの現地採用物語。
⑦最初から気づいてたけど、諸悪の根源はやっぱこいつだった。
乞うご期待!!
※知ってる人は知ってると思うけど、こういう事ブログに書いてても特定されることはまずないと思ってます。
なぜならここに書いてる話やこんな会社はタイには腐るほどあるから( ゚Д゚)キャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!
バンコクに来ることになった経緯
長い駐在員生活を終えて日本に戻ってしばらく時間が経ちました。
もうバンコク在住じゃないけど、バンコクで過ごした時のことやありえねーって経験
なんかも書いて行こうと思います。
日本はまあまあ暇なんでね。まずゴルフがない(泣)
今度は多少でも誰かの参考になることでも書こうっていうのと、自分の思い出を残しておこうかなと。
一時期はすごく色々溜まってたり、逆にやることなくて夜遊びしまくってて、バンコクで一番クラブとか詳しいんじゃねとか勝手に思ってた時もあって主にクラブ情報中心にずっと夜遊びのこと書いてましたけど...
こんなこと書いといてまた更新止まるのも悪しからず。
主戦場はツイッターBKK族です。
さて、タイトルにもある本題のバンコクに来た経緯を書きましょうか。
BKK族がバンコクに行くことになった経緯はタイ支社のメイン顧客複数から
『現地採用の担当者NG』が出たからです。
それまでも引き金は色々あったのですが、タイ支社内で「俺がいなきゃ会社回んねぇだろ」って勢いでやってた日本人現地採用営業マネージャーが究極にバカでした。
彼はBKK族が赴任した2011年当時でバンコク在住5年越えてたと思うんですが、一度同業から転職してうちの会社に来たんですね。
仮に名前をAさんとしましょう。
Aさんは前の会社で居場所がなくなり同業から転職して来たのですが、客からも総スカンされてたんです。
で、問題は同業であるということ。
客先も変わりないですよね?
A「こないだまで〇〇にいたんですけど、今度こちらの会社XXでお世話になることになりました。」
顧客「........」
結果、客から「お宅の会社はあんなの良く採ったな」という反応しかないです。
客も一年位は我慢してくれていたみたいですが、我慢の限界が来たらしくタイの支社長ではなく本社に直接「社長出せ」💢と怒りの電話がかかって来る事態となったのです。
しかも複数社から。
そこで海外支社勤務経験がある先輩社員と、元々居た部署が斜陽部署で解体寸前になっていて、語学ができるという理由だけで別拠点の海外支社のサポートやらされていたBKK族に白羽の矢が立ったのです。
客は怒りMAXで取り引き停止もチラつかせる勢いだったので、BKK族は3週間位で、先輩社員はそれから遅れること2週間でバンコクにやって来ました。もう取るものも取らずって感じです。
一気に駐在員2人投入というのは前例がないらしく、関係会社の方々からなんかあったのか?と良く聞かれましたが、
彼らもとぼけて聞いて来ただけで、みなさん事情は知ってたみたいです。←クソジジイども(笑)
で、そこから長きに渡る駐在員生活が始まる訳ですが、当初会社から言われていたのは“ちょっとだけだから、火消し火消し”そんな感じでした。
顧客は一旦駐在員が来たならまあ許す。おたくがうちを大事にしてくれてるってことだし。
ということで矛を収めてくれました。
その時言われたセリフが
現地採用がダメって訳ではない。現地採用の多くが、まったく別業界から来たとか、同業内でしょっちゅう転職してるようなやつばかりだ。これでは信頼関係が築けないし、こっちも仕事にならない。
この言葉の重みは後々痛感することになります。
つづく。
もうバンコク在住じゃないけど、バンコクで過ごした時のことやありえねーって経験
なんかも書いて行こうと思います。
日本はまあまあ暇なんでね。まずゴルフがない(泣)
今度は多少でも誰かの参考になることでも書こうっていうのと、自分の思い出を残しておこうかなと。
一時期はすごく色々溜まってたり、逆にやることなくて夜遊びしまくってて、バンコクで一番クラブとか詳しいんじゃねとか勝手に思ってた時もあって主にクラブ情報中心にずっと夜遊びのこと書いてましたけど...
こんなこと書いといてまた更新止まるのも悪しからず。
主戦場はツイッターBKK族です。
さて、タイトルにもある本題のバンコクに来た経緯を書きましょうか。
BKK族がバンコクに行くことになった経緯はタイ支社のメイン顧客複数から
『現地採用の担当者NG』が出たからです。
それまでも引き金は色々あったのですが、タイ支社内で「俺がいなきゃ会社回んねぇだろ」って勢いでやってた日本人現地採用営業マネージャーが究極にバカでした。
彼はBKK族が赴任した2011年当時でバンコク在住5年越えてたと思うんですが、一度同業から転職してうちの会社に来たんですね。
仮に名前をAさんとしましょう。
Aさんは前の会社で居場所がなくなり同業から転職して来たのですが、客からも総スカンされてたんです。
で、問題は同業であるということ。
客先も変わりないですよね?
A「こないだまで〇〇にいたんですけど、今度こちらの会社XXでお世話になることになりました。」
顧客「........」
結果、客から「お宅の会社はあんなの良く採ったな」という反応しかないです。
客も一年位は我慢してくれていたみたいですが、我慢の限界が来たらしくタイの支社長ではなく本社に直接「社長出せ」💢と怒りの電話がかかって来る事態となったのです。
しかも複数社から。
そこで海外支社勤務経験がある先輩社員と、元々居た部署が斜陽部署で解体寸前になっていて、語学ができるという理由だけで別拠点の海外支社のサポートやらされていたBKK族に白羽の矢が立ったのです。
客は怒りMAXで取り引き停止もチラつかせる勢いだったので、BKK族は3週間位で、先輩社員はそれから遅れること2週間でバンコクにやって来ました。もう取るものも取らずって感じです。
一気に駐在員2人投入というのは前例がないらしく、関係会社の方々からなんかあったのか?と良く聞かれましたが、
彼らもとぼけて聞いて来ただけで、みなさん事情は知ってたみたいです。←クソジジイども(笑)
で、そこから長きに渡る駐在員生活が始まる訳ですが、当初会社から言われていたのは“ちょっとだけだから、火消し火消し”そんな感じでした。
顧客は一旦駐在員が来たならまあ許す。おたくがうちを大事にしてくれてるってことだし。
ということで矛を収めてくれました。
その時言われたセリフが
現地採用がダメって訳ではない。現地採用の多くが、まったく別業界から来たとか、同業内でしょっちゅう転職してるようなやつばかりだ。これでは信頼関係が築けないし、こっちも仕事にならない。
この言葉の重みは後々痛感することになります。
つづく。